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MASHUP INTERVIEW「主催がベロベロでいい」ブジウギ音楽祭の流儀

神戸・三宮で開催するイベント「MASHUP FESTIVAL kobe'26」のインタビュー記事「主催がベロベロでいい」ブジウギ音楽祭の流儀

MASHUP FESTIVAL kobe'26をつくる、7つのフェスのオーガナイザーたち。
それぞれが異なるカルチャーや価値観を持ちながら、この祭りにどんな想いを込め、どのような景色を描こうとしているのか。
この連載では、MASHUP FESTIVALをつくる"人"に焦点を当て、その素顔と哲学に迫ります。

第3回は、神戸発の音楽×食のフェス「ブジウギ音楽祭 」から、代表の小林元気さん、ブッキング担当のダイゴロウさん、広報担当のジャニさんの3人に話を聞いた。

「フェスなのに、フェスの分類に自分たちでも迷っている」

代表の小林元気さんの本業は、神戸で複数の飲食店を展開する「株式会社BOOZYS 」の経営だ。
ビストロ「LE BOOZY 」を皮切りに、ベーカリー「THE BAKE 」、洋食店「洋食パリス 」など、さまざまな業態の店舗を手がけている。

ブジウギ音楽祭の始まりは、
「これらの店舗を卒業していくスタッフのために何かイベントをやりたい」
というアイデアからだった。

しかし、実際に採算を試算してみると、当初から赤字になる見込みだったという。
「ちゃんと採算が取れるか計算したら、赤字の計上だったんですよ。それなら中途半端にやっても意味ないから、もうフェスやっちゃおうぜって。今考えるとなぜかリスクを大きくしてしまったっていう」

その挑戦を支えたのが、ブッキング担当のダイゴロウさんだった。
ダイゴロウさんは、神戸・元町の高架下でライブ・イベントスペース「オトハトバ 」を12年間運営してきた人物だ。
店名の由来も味わい深い。
元々のオーナーの鈴木さんという方が、ある日突然店の壁を青く塗り始めたことがきっかけで、港町・神戸と「波止場」のイメージが結びつき、「音の波止場」という造語が生まれたという。
「もともと元町高架下でバーの日替わり店長みたいな形で週3から始めたんですけど、3年半ぐらいの時にJRの都合で立ち退きになって、今のトアウエストに移転・独立しまして計12年やってます。後からオープンした系列のライブハウスRINKAITEN も今年で5年になります」

そんな二人をつないだのが、卒業を控えていたスタッフだった。
そこに広報担当としてジャニさんが加わり、後にブジウギ音楽祭を形にしていくチームの土台が完成した。

ジャニさんはこう語る。
「僕は大阪出身なんですけど、2019年頃、共通の知り合いのお店で顔を合わせるようになって。元気さんの飲食店の展開の相談に呼ばれて、そのまま元気さんの会社のプロジェクト広報として関わるようになりました」
飲食店ならではの、お客さんからは見えない裏方の熱量に触れながら、今では「元気さんの思うイメージを受けながら壁打ちする」役回りを担っているという。

3人はブジウギ音楽祭というフェス自体の"分類しにくさ"を、むしろ魅力として語る。

「運営的には毎年ゼロから立ち返って、去年通りにはほぼいかない。それがブジウギっぽいというか、こっち側もこれが何フェスなのかをずっと迷っている状態」とジャニさん。
「音楽フェスとして来る人もいれば、フードフェス、マルシェとして来る人もいる。でもワインボトル片手に踊り狂ってても、怖さや危ない感じが全くない。たまたま屋外にあった、めちゃくちゃ楽しい立ち飲み屋、そこに来るお客さんがめっちゃいい——それがブジウギっぽさだと思ってます」

改めて、小林元気さんはブジウギ音楽祭についてこう説明する。
「関西の人気飲食店を集めた、音楽と食べる・飲む・踊るを融合させたフェスです。コンセプトに掲げているのは、ハッピーグルーヴ。お客様にも出演者様にも出店者様にも、みんなに楽しんでもらう場作りをしたい」

人育て、町育て。そしてフェスは"街への還元"

小林元気さんが経営する「株式会社BOOZYS」の根底にあるのが「人育て町育て」という企業理念だ。

そこには、飲食店という場所を単なる店舗としてではなく、人が成長し、街へ広がっていくきっかけにしたいという思いが込められている。

「個性のある人間を伸ばして、やりがいやきっかけを与える場所でありたい。そのスタッフたちが卒業して、それぞれの地元や独立する街で活躍していくことが、街づくりにつながっていく。神戸で遊びたいという思いを体験してもらえる会社になれば、と思っています」

ブジウギ音楽祭も、こうした理念の延長線上にある。
初開催の地に、小林元気さん自身が育った神戸市西区を選んだのも偶然ではない。

「人を育てれば街が勝手に育っていく。ブジウギ音楽祭も、その街づくりの一環でもあるんです」

一方、ダイゴロウさんの原点にあるのは、週末だけ顔を合わせる"軽薄な人間関係"への寂しさだったという。
「共通の趣味を持ってる人たちの、社交場のような場所が欲しかった。それがなければ作りたい、ぐらいの気持ちでした」

その思いが「オトハトバ」という、日常的に音楽が流れ、人が交流する場を生み、さらにその先のブジウギ音楽祭につながっている。

「主催がベロベロでいい」——神戸という街への処方箋として

MASHUP FESTIVAL kobeで実現したいことについて、3人に話を聞いた。

小林元気さんは、自身がMASHUP FESTIVALへの参加を決めた理由をこう振り返る。

「ここまでリスクと覚悟を背負ってやる人がいるんだっていう衝撃に、うんと言わざるを得なかった」

そのうえで、ブジウギ音楽祭として目指すのは"引き付け役"だという。
「食と音楽、そしてグルーヴ感・ハッピーグルーヴという僕らの強みは、どのフェスにも負けないように、伝染するような空気を作りたい。一緒にやってくださる方にも、街のオーナー業の人たちにも、暮らしているお客様にも、こんだけ楽しんでいいんや、人生楽しんだもん勝ち、っていう言葉を体現したフェスになれば」

ダイゴロウさんは、より長期的な視点でMASHUP FESTIVAL kobeの意義を語る。

「ITAMI GREENJAMの大原をさんはじめMASHUP FESTIVALのメンバーが、それでも諦めずに神戸で続けていくことに意味があると思ってやってくれてること自体が嬉しい。信じてる人が多ければ多いほど、望む未来の神戸に近づく可能性は上がる。去年一回やっただけで、今年は当然やるものとして認識されている。発表前からいろんなところで声をかけてもらえたのも、期待や応援の表れだと思うんです」

大阪出身のジャニさんの視点は、違う角度から神戸を捉え、独自の視点で語る。

「大阪と神戸のカルチャーの違いをすごく感じます。神戸は文化的な感度は高いのに、これから面白くなりそうなものに一緒に足をかけようというノリには乗ってくれない。コミュニティごとの結束は強いけど、隣のコミュニティとは分断されていて、横につながる機会がない。保守的でコンサバな街というか」

一方で、大阪には商業圏の広さがあり、テーマ次第でエリアを越えて人が動く土壌があるという。
「そう考えると、ブジウギがやろうとしているグルーヴ感やごちゃ混ぜは、その分断を1個突破しようとしている挑戦なんだと思う。ハッピーと言いながら、実はもう片方の手で中指を立てているような」

対談の中では、初回のブジウギ音楽祭を訪れた際の印象として、「主催がベロベロになっていいんや、っていう主催の正しいあり方に見えた」というエピソードも語られた。

一般的なフェスでは、主催者は常に裏方として全体を管理する存在と思われがちだ。
しかし、ブジウギ音楽祭が大切にしているのは、主催者自身もその場を楽しみ、参加者と同じ熱量で空間を共有することだった。

小林元気さんは、ブジウギ音楽祭が持つ「フェス観」や、その理由をこう説明する。
「オーガナイザーがどうあるべきか、分からないなりにできることって、めっちゃ飲んでみんなと一緒に楽しむこと。そこで何かが生まれる空気があるって、後で気づくんです」

超個人的2026上半期ブジウギアワードノミネートは「思い出野郎Aチーム」「民クル」「5 Star Cowboy」「FNCY」「台所 ねづく」「民族中華」そして忘れられないあの日のライブ

最後に、3人それぞれの"勝手にブジウギアワード"のノミネートを聞いた。

代表の小林元気さんが挙げたのは、昨年のMASHUP FESTIVAL kobeでブジウギ音楽祭エリアのトリを務めた民謡とロック、レゲエなど複数のジャンルを融合させる「民謡クルセイダーズ 」。
「世界に発信しても引けを取らないアーティストだと思ってます」

もう一組あげたのは、ブジウギ音楽祭をスタートするきっかけにもなった大切なアーティスト「思い出野郎Aチーム 」だった。

次にダイゴロウさんが挙げたのは、東京のラップユニット「5 Star Cowboy」。
「別々に活動している3組が集まって組んだ5人組ユニットなんですが、めちゃくちゃ現代日本らしいユニットだなとと。
めちゃくちゃ音楽に詳しく文化系のオタクっぽい人たちが、半分尖りながら、ダサさと賢さを混ぜ合わせてる。
この面々の考え方が変わっていくだろうし、今しか鳴らないものを聞いている刹那的な面白さがあります」

ジャニさんが挙げたのはアーティストというより忘れられない"瞬間"だった。
「初回、夕方に出てくれた「FNCY 」というアーティストのライブが強烈で。1000人規模のお客さんが体を動かしてジャンプしてるのを間近で見て、隣にいた元気さんも僕も、同時に目がうるっとしてました。あれは最高でしたね」

もう一つ、飲食の枠から挙げたのが「台所 ねづく 」と「民族中華 」という大阪のお店だ。
「2回前から出てくれていて、県外勢にも関わらず盛り上げ力がすごいし、事前のチケット販売や宣伝への本気度もすごい。今年ももしかしたら候補に入ってくるかもしれないので、要チェックです」

分類できないことこそが個性であり、リスクを取ることこそが正しさになる——3人の言葉の端々から見えてきたのは、そんな逆説を体現するブジウギ音楽祭の姿だった。
今年のMASHUP FESTIVAL kobeで、ハッピーグルーヴが街の分断をどう突破していくのか、ぜひ現地で体感してほしい。

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